ギフテッドの認知|同じ教室で見えているものが違う

「どうしてこの子は、こんなことで泣くんだろう」

「さっきまで大人みたいに話していたのに、急に赤ちゃんみたいになる」

ギフテッドや2Eと言われる子を育てていると、こういう日が続くことがあります。育て方の本を読んでも当てはまらない。診断名を調べても、しっくりこない。

この記事では、原因を「性格」や「しつけ」ではなく、認知という言葉で見ていきます。認知というのは、目や耳から入ってきたものを、頭の中でどう受け取って、どう組み立てるか、という働きのことです。

ここがほかの子と違っているとしたら。見えているものが違うのなら、返ってくる反応が違うのは、むしろ当たり前のことになります。

教室の中で、ひとりだけ窓の外を見ている子
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同じ教室で、見えているものが違う

ギフテッドの子の認知については、いくつかの特徴が指摘されています。ここでは、家庭で気づきやすいものを三つに分けてみます。

入ってくる情報の量が多い

教室にいるとき、その子が受け取っているのは、先生の声だけではありません。

蛍光灯のかすかな音。隣の席の子の貧乏ゆすり。廊下を歩く足音。上履きのゴムのにおい。窓の外を横切った鳥。

多くの子は、こうしたものを自然と背景に落として、先生の声だけを前に出せます。ところが、その仕分けがうまく働きにくい子がいます。全部が同じ大きさで入ってきてしまう。

そうなると、授業を聞くという作業そのものが、ほかの子よりずっと重い仕事になります。集中していないのではなく、集中するために使う力が最初から多い、という状態です。

そして、量が多いだけでなく、拾う場所そのものが違うことがあります。

年中のころ、保育園でチューリップを描く時間がありました。まわりの子は、花と、茎と、葉を描いていました。うちの子が描いていたのは、そこに加えて、地面の下にのびる根でした。

先生は驚いていました。私も、言われて初めて気づきました。この一つの出来事だけで何かが決まるわけではありません。ただ、同じものを見ていても、拾っている場所が違うことがあるのだと、そのとき思いました。

結びつくのが早い

もうひとつは、頭の中で物事がつながる速さです。

ひとつのことを聞いた瞬間に、関係のありそうなことが同時にいくつも浮かんでくる。大人が順番に一段ずつ登っていくところを、途中を飛ばして先に着いてしまう。

本人にとっては当たり前の動きなので、飛ばした部分を説明できません。だから答えだけを言う。すると、まわりからは「勘で言っている」「途中の式を書かない」と見えてしまいます。

逆の場面も起こります。まだ誰も言っていない先のことまで見えてしまうので、始める前から不安になる。「やってみなきゃ分からないでしょう」と言われても、その子の中ではもう何通りも失敗が終わっています。

感じ方が強い

三つ目は、感じる強さです。

うれしいときの喜び方も、くやしいときの崩れ方も、幅が大きくなりやすいと言われています。理屈が育っている一方で、その理屈では自分の感情を止められない。このちぐはぐさが、本人をいちばん苦しめているように感じることがあります。

本人は、自分が大げさなことも分かっています。分かっていて止められない。そこに「また始まった」と言われると、二重に傷がつきます。

ギフテッドの認知で起きている三つのこと情報の量が多い音・光・においまで同じ大きさで入る。聞くだけで力を使う結びつくのが早い途中を飛ばして先に着いてしまう。だから説明できない感じ方が強い理屈は育っているのにその理屈で止まらない。本人がいちばん苦しいこの三つが重なると、外からは「わがまま」に見える

「わがまま」と呼ばれてしまう理由

ここまでの三つは、外からは見えません。見えるのは結果だけです。

結果だけが外に出る

音が多すぎて耐えられなくなった結果は、「教室を飛び出した」という形になります。先を読みすぎて動けなくなった結果は、「やる気がない」という形になります。

行動だけを並べると、確かにわがままに見えます。同じ行動をする子が全員ギフテッドというわけでもありません。だから、まわりの人がそう受け取るのは、無理のないことだと思います。

ただ、その行動の手前で何が起きていたかを知っているかどうかで、次にかける言葉が変わります。変わるのはまず、家の中の言葉です。

本人にも説明できない

いちばん難しいのは、その場では本人も説明できないことです。

まだ小さかったころ、おもちゃを二つ欲しがったことがありました。「どちらか一つだけ選んで」と言っても選べません。さんざん泣いたあとで、本人が言ったのは「じゃあ、買わない」でした。

わがままだと思いました。あとになって聞くと、「一つでは意味がない」と言うのです。頭の中ではもう遊び方ができあがっていて、二つのおもちゃにそれぞれ役があった。片方だけでは、その遊びは成り立たなかったのだそうです。

この一つの話で何かが説明できるわけではありません。ただ、私に見えていた場面と、本人が生きていた場面は、同じではなかった。それだけは、今でも忘れられません。

言葉が達者な子ほど、まわりは「説明できるはずだ」と思ってしまいます。けれど、語彙の多さと、自分の中で起きたことをその場で言葉にできることは、別のものだと言われています。

答えられないまま責められると、その子は「自分がおかしいからだ」という説明を選びます。これがいちばん避けたいところだと、私は考えています。

できる日とできない日の差

もうひとつ誤解されやすいのが、日によっての差です。

昨日できたことが今日できない。同じ課題なのに、朝はできて夕方はできない。この差が大きいと、「やればできるのにやらない」と言われがちになります。

けれど、入ってくる情報の量が日によって違えば、残っている力も日によって変わります。できる日が本当の力で、できない日がサボりだ、とは限りません。両方ともその子の姿です。

私自身、「この子がこうなのは育て方だ」と言われたことがあります。いま思えば、その方には結果しか見えていなかったのだと思います。それでも、あの言葉はいちばんこたえました。

家庭でできる三つのこと

認知の特徴そのものは、直すものではありません。ただ、入ってくる量を減らしたり、驚きを減らしたりすることはできます。

順番を先に伝える

今日これからやることを、始める前に伝えておきます。

先が読める子ほど、想像の中で最悪の展開まで進んでしまいます。先に道順を渡しておくと、その想像が広がる余地が狭くなります。紙に書いて貼っておくだけでも違ったという声を聞きます。

逃げられる場所を用意する

音や光から離れられる場所を、家の中に一つ決めておきます。

押し入れでも、階段の下でも構いません。大事なのは「そこに行ってもいい」と先に言ってあることです。逃げ場が用意されていると、限界まで我慢する必要がなくなります。

階段下につくった、あたたかい逃げ場

疲れを早めに拾う

崩れてからでは、言葉が届きません。

崩れる前に出るサインを、二つか三つ覚えておきます。口数が減る、同じ動きをくり返す、急に甘えてくる。人によって違うので、ご家庭で見つけるしかない部分です。サインが出たら、予定を減らす。それだけで済む日があります。

なお、ここに書いたのは家庭での受け止め方です。学校生活や睡眠、食事に影響が出ているときは、スクールカウンセラーや小児科、児童精神科など、専門の方に相談してください。同じように見える行動でも、背景はひとつではありません。

まとめ

ギフテッドの子の行動が分かりにくいのは、性格のせいではなく、受け取っているものが違うから、という見方ができます。

情報が多く入ってくる。結びつくのが早い。感じ方が強い。この三つが重なると、外からは「わがまま」に見える行動になります。

親ができるのは、直すことではなく、量を減らして、驚きを減らして、逃げ場を作っておくこと。それだけで、その子が自分を責める回数が減ることがあります。

最後に、ひとつだけ。うちは小学生のころ、お風呂や歯みがきで本当に苦労しました。それが中学生になると、自分からやるようになりました。いま止まっているように見えることが、ずっとそのままとは限りません

夕暮れの窓辺で外をながめる子

もっと詳しく知りたい方へ

この記事で書いたのは入り口の部分です。実際には年齢によって出方が変わりますし、園や学校とどう話すかという問題も残ります。そこを順を追ってたどった本を出しました。『ギフテッドは世界をどう見ているのか ――「この子がわからない」が少しわかる本』(174ページ/Kindle Unlimited 対象)。

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